金魚運動で全て解決します。保存会

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クリスマスイヴ・イン・ヴァニティ・アンド・インサニティ

今年、ついにクリスマスは滅んだ。
より正確を期せば、本来の意義を忘れモテと恋愛の格差社会の象徴としてこの日本の大量消費社会がもたらしたイベントのまやかしが、ついに破られた。


クリスマスイヴ、この聖らなる夜、無事〆切までの仕事を終えて帰途についた俺は、途中のとある駅で列車を降り買い物をしようと思い立った。
改札口に押し寄せる凄まじいまでの人集りを目にしたとき、ああそうかと俺は思い至った。きょうはあの、バランスの悪いアタック25のパネルのような赤と白と緑に囲まれて恋人達が闊歩する、まさにその夜であったかと。しかしその混雑は改札口を抜けたところではたと気にならなくなり、ふと地下道を見渡せば普段どおりの人波に、そう、まさに、落ち着いていた。ここは県内有数のターミナルステーション、しかも水曜日とはいえ年の瀬のアフターファイブであり、特別なイベントなどなくともこれくらい大勢が行き交っていて当然だ。もしかして今日は別になんでもない、ただの年末の一日なのではないか。クリスマスだかなんだかいうのは、俺がただ騙されていただけなのではないか。そう最初に思ったのがこのときだった。
しかし道の両側に並ぶ地下街のショーウィンドウは、あのアタック25のできそこないのような赤と白と緑に飾られたイルミネーションで確かに彩られている。ということは少なくとも、まだクリスマスは終了してはいないはずなのだった。
まあいい、それならそれで、自分も「頑張った自分にプレゼント(笑)」することにしよう。駅ビルの外に出て俺は買い物先のオタショップへ向かう。ショップの風景はいつもと変わらず。客層も客量もいつもと変わらず。そこには何らほかの日と変わらない日常があった。レジスターに並びながら再び、俺はクリスマスなどと騙されていたのではないかという思いに支配されつつあった。
さて、目当てのものは一式手に入れて、駅に戻り次の列車に乗り込む。列車の中もあまりにいつも通り。女子高生もOLもいつも通りだ。そして最寄り駅に到着する俺。いつも通り閑散としている。降り立った先、駅前の店先には、やはり児玉清の物真似声が四分の三だけ聞こえてきそうな赤と白と緑のライティングダイオードが明滅しているのに、マクドナルドに並ぶ客はやはり独り者の男ばかりであり、横断歩道を小走りに駆けていく中学生もやはり独りだ。ほんとうに、きょうはイヴなんだろうか。
ところがそんな思いを打ち消せぬまま帰途を歩く俺の前に、その姿は現れた。
電飾ではない赤と白の衣装。
サンタクロース・コスチューム。の、青年。
ああ、こんな辺境でもコスプレパーティーに興じる者が居るのか。やはり今夜こそはイヴなのだ。そう思い直した矢先。
そのサンタコスの青年はすぐ横のセブンイレブンに入り、そして、レジに立った。
店員かよ!


こうして仕事場から自宅までの、寄り道含めて約一時間半の間、ついに今宵俺はマスメディアの幻惑が作りあげたはずの「恋人たちのクリスマス」の実像に出会うことがなかった。耳目に飛び込んだクリスマスのしるしはただただ商業的なイコンばかり。今宵、クリスマスの恋人たちなんて、どこにもいない。今年、もう人々の生活の中に「恋人たちのクリスマス」はない。そう、俺は結論せざるを得なかった。
ネットラジオ*1から聞こえる「シングルベルがベリー身ニシミマス!!」の声。
もう、クリスマスは実体を失った抜け殻だったのだ。残されたのは、本来の意義に立ち返って家族の幸福を祈る者達と、過去を映しているだけの店先の飾りと、抜け殻を指差して死ねだの終了だのと揶揄するわれわれの孤独な影だ。
セブンイレブンで買ったホイップチョコサンド148円が、俺のクリスマスケーキ。
もう、この日に誰かを逆恨みすることも、何かを糾弾することも必要ない。去年まで確かにいたはずの仮想敵が、今年はもういないのだから。
クリスマスは中止になりました。
悲しみも喜びもない。昨日と同じ、そして明日も同じ、変わらずひとりの夜を静かに思索しながら過ごせばよいのだ。ただ、それだけだ……


ガチャリ。
「うふふ? おまたせー」
「えっ? 何だ、誰の声だ。もうネトラジは終わっているし……」
「なにがひとりの夜だって。あたしが来ること忘れたの? せっかく早めに来てあげたのに、ひどいなー」
「あっ。そういえば」
「ほんとに忘れてたの? もー、そんなんだったらきっと食べ物だってろくなもの用意してないんでしょー。(テーブルの上を一瞥して)あ、やっぱりだ。んじゃあらためて買いに行くよ? とりあえずこのチョコサンドあたしのね」
「えっ、ちょと待て食いかけ」
「まーまー、また買えばいいじゃん」
「ちょ、自分こそ新しいの買えば」
「今ここで食べたいのー」
そういって彼女は俺から奪った菓子パンをひとくちかじり、にひーと笑ってみせた。
クリスマスなんてどうでもいい。あるのは俺と彼女との今日、ただ、それだけだ。